大判例

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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)190号 判決

原告

熊谷昇

外二一名

原告ら訴訟代理人弁護士

堀敏明

谷合周三

竹中喜一

赤沼康弘

土橋実

清水勉

羽倉佐知子

高橋利明

塚原英治

尾林芳匡

中野直樹

森田太三

脇田康司

岸本努

齋藤展夫

佐治融

松浦信平

窪田之喜

飯塚和夫

村田由美子

齋藤園生

原告ら訴訟復代理人弁護士

三田恵美子

大川隆司

被告

株式会社日立製作所

右代表者代表取締役

金井務

右訴訟代理人弁護士

古曳正夫

田淵智久

今村誠

清水真

緒方延泰

被告

株式会社東芝

右代表者代表取締役

佐藤文夫

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

富田美栄子

被告

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

北岡隆

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

島田邦雄

田路至弘

半場秀

田子真也

山田忠

谷健太郎

本村健

被告

富士電機株式会社

右代表者代表取締役

中里良彦

右訴訟代理人弁護士

成毛由和

成田茂

狐塚鉄世

戸谷博史

大串淳子

被告

株式会社明電舎

右代表者代表取締役

小島啓示

右訴訟代理人弁護士

奥原喜三郎

田中圭助

河合信義

奥村裕二

馬越節郎

河合敏男

水谷彌生

本藤光隆

喜多村勝徳

被告

株式会社安川電機

右代表者代表取締役

橋本伸一

右訴訟代理人弁護士

朝比奈新

右訴訟復代理人弁護士

長堀靖

被告

日新電機株式会社

右代表者代表取締役

安井貞三

右訴訟代理人弁護士

田村公一

小原健

榎本哲也

水上洋

被告

神鋼電機株式会社

右代表者代表取締役

西﨑允

右訴訟代理人弁護士

入澤洋一

藤井文夫

池田健司

被告

株式会社高岳製作所

右代表者代表取締役

松永一市

右訴訟代理人弁護士

山近道宣

矢作健太郎

内田智

和田一雄

被告

日本下水道事業団

右代表者理事長

定道成美

右訴訟代理人弁護士

神宮壽雄

川上英一

右訴訟復代理人弁護士

飯島康博

中久保満昭

右指定代理人

松村嘉人

外二名

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、連帯して、東京都八王子市に対し、七三六九万八二六〇円及びこれに対する平成八年九月一二日(ただし、被告日新電機株式会社及び被告株式会社安川電機については、いずれも同月一三日)から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都八王子市(以下「市」という。)の住民である原告らが、市が被告日本下水道事業団(以下「被告事業団」という。)に対し委託をした別紙委託下水道施設建設工事目録記載の工事(以下「本件委託工事」という。)のうち、被告事業団が被告三菱電機株式会社(以下「被告三菱電機」という。)に対して発注した別紙被告事業団発注工事目録記載の工事(以下「本件発注工事」という。)に係る工事請負代金が、被告らによる談合により不当につり上げられ、市が、右請負代金に被告事業団の管理費を加算した金額の支払をしたことにより、談合がされなければ形成されたであろう請負代金額と実際の請負代金額の差額相当分の損害を被ったとし、右損害は、談合に加功した被告事業団並びに被告三菱電機及びその余の被告ら(以下被告三菱電機と合わせて「被告九社」という。)の共同不法行為によるものであり、被告らは、連帯して、市の被った損害を賠償すべき責任を負うべきものであるにもかかわらず、市は被告らに対する損害賠償請求権の行使を違法に怠っているとして、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、市に代位して、右怠る事実の相手方である被告らに対し、市が将来原告らに対して支払うべき弁護士報酬の額も含め、市の被った損害の賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告らはいずれも市の住民である。

(二) 被告事業団は、日本下水道事業団法(昭和四七年法律第四一号。以下「事業団法」という。)に基づいて設立された法人(事業団法二条)で、地方公共団体等の要請に基づき、下水道の根幹的施設の建設及び維持管理を行い、下水道に関する技術的援助を行うこと等を目的(事業団法一条)とし、右目的を達成するため、地方公共団体の委託に基づき、終末処理場及びこれに直接接続する幹線管渠、終末処理場以外の処理施設並びにポンプ施設の建設を行うものである(事業団法二六条一項一号)。

(三) 被告九社は、いずれも、電気設備工事の請負等の事業を営むものである。

2  地方公共団体が被告事業団に対して下水道施設建設の委託をする場合の委託協定及び委託の費用について(甲第八ないし第一〇号証)

(一) 委託協定の締結

被告事業団は、事業団法二七条に基づき、建設大臣の認可を受けて日本下水道事業団業務方法書(昭和五〇年八月二八日規程第四三号。以下「業務方法書」という。甲第九号証)を定めているが、業務方法書五条によれば、被告事業団は、地方公共団体の委託を受けて、下水道施設の建設を受託しようとするときは、委託地方公共団体と委託協定を締結し、目的、建設すべき施設の内容及びその範囲、業務の開始及び完了の時期、費用の額及びその受領方法、業務の完了後の措置に関する事項、委託地方公共団体において行うべき措置等につき定めるものとされている。

(二) 委託の費用

業務方法書六条によれば、被告事業団は、下水道施設の建設を行うときは、これに要する費用(工事の施行に直接必要な工事請負費、原材料費その他の工事費、工事の監督、検査その他工事の施行のため必要とする人件費、旅費及び庁費、建設業務の処理上必要とする一般管理費、その他建設業務の処理に伴い必要を生じた費用)を委託地方公共団体に負担させるものとされている。

3  本件委託工事について(甲第一号証、第一一、第一二号証、第一三ないし第一七号証の各一、二、乙C第一、第二号証)

(一) 委託協定の締結

市は、平成五年六月一五日の市議会の議決を経て、同月二二日、被告事業団との間で、本件委託工事につき、完成期限を平成六年三月三一日とする八王子市公共下水道根幹的施設の建設工事委託に関する協定(以下「本件協定」という。)を締結した。本件協定においては、本件委託工事の建設工事の施行に要する費用の額を九億三三〇〇万円とし、その平成五年度国庫補助対象額、平成五年度市単独事業費の区分による内訳を定める(本件協定七条一項)とともに、賃金又は物価の変動等により右金額では建設工事を完成することが困難であると認めるときは、市と被告事業団とが協議して、右金額を変更し、又は建設工事の委託の対象若しくはその内容を変更するため、この協定を変更するものとすると定めている(同条二項)。

なお、本件協定七条一項に規定された費用の額は、市と被告事業団との間で締結された本件協定の一部を変更する協定(以下「本件変更協定」という。)により、平成五年一〇月六日付けで九億四五〇〇万円に変更され、それに伴ってその内訳も変更されている。

(二) 被告三菱電機との間の請負契約の締結

被告事業団は、本件協定に基づき、随意契約の方法により、平成五年一〇月一九日、被告三菱電機との間で、本件発注工事につき、別紙被告事業団発注工事目録記載のとおりの内容の請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(三) 本件発注工事に係る年度完了精算報告

被告事業団は、市長に対し、本件発注工事につき、平成六年三月三一日、工事費を三億四〇五一万八〇〇〇円とする年度完了精算報告書を提出し、市との間で費用の精算を行った。

4  被告事業団の発注に係る下水道施設電気設備工事の入札における談合を巡る一連の経緯について(甲第二、第三号証、第一七号証の一ないし九、乙E第一ないし第一七号証、第一八号証の一ないし四、第一九号証、弁論の全趣旨)

(一) 平成六年九月二日付け毎日新聞朝刊第一面に、被告事業団が、下水道関係の電気設備工事の発注に絡み、被告九社に対して、受注シェアを指示し、実質的に談合を指導していた疑いが強まり、公正取引委員会(以下「公取委」という。)が近く被告事業団の立入検査に踏み切る方針を固めた模様である旨の記事が掲載され、同日付けの同新聞夕刊第一面には、公取委が大手電機メーカー側から、被告事業団指導の談合の事実を大筋で認める供述を得ていたことが判明した旨の記事が掲載された。

(二) 平成六年一〇月六日付け朝日新聞朝刊第一面に、被告事業団発注の電気設備工事の入札を巡って、被告九社が「九社会」と呼ばれる親睦団体をつくり、数年間にわたって談合を繰り返していた疑いがあることが公取委の調べなどで判明し、公取委は本命業者を決める方法などを示す電機メーカー側の内部文書を既に押収しており、各社の担当者から本格的な事情聴取を始めた旨の記事が掲載された。

(三) 平成六年一二月二六日付けの読売新聞朝刊第一面に、被告事業団発注の電気設備工事を巡る入札談合につき、被告九社及びその営業担当幹部らを、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)三条違反の疑いで検事総長に告発する方針を固めた旨の記事が掲載された。

(四) 平成七年三月六日、公取委は、平成五年度の被告事業団発注の電気設備工事の入札に関し、被告九社が談合を行ったとして、検事総長に対して告発した。右事実は、翌七日付けの新聞各紙において、大きく報道された。

(五) 平成七年六月一五日、東京高等検察庁検事は、被告九社及びその担当者を独占禁止法三条違反の罪で、被告事業団の元工務部次長を同幇助の罪で、それぞれ、東京高等裁判所に起訴した(東京高等裁判所平成七年(の)第一号事件)。右事実は、翌一六日付けの新聞各紙において大きく報道された。

(六) 平成七年六月二四日付け日本経済新聞に、被告事業団発注の電気設備工事を巡る入札談合事件で、公取委が被告九社に対して、課徴金納付を命ずる行政処分を行う方針を決め、各社に文書で通知した旨の記事が掲載された。

(七) 平成七年七月一二日、公取委は、被告九社に対し、被告九社が、共同して、被告事業団が発注する平成四年度特定電気設備工事及び平成五年度特定電気設備工事について、受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにすることにより、公共の利益に反して、被告事業団が発注する平成四年度特定電気設備工事及び平成五年度特定電気設備工事の各分野における競争を実質的に制限していたが、これは独占禁止法二条六項に規定する不当な取引制限に該当し、独占禁止法三条に違反するところ、違反行為の実行としての事業活動を行った日を平成四年六月二九日、違反行為の実行行為としての事業活動がなくなる日を平成五年一月二五日として算定した課徴金につき、いずれも納期限を平成七年九月一三日として、納付を命ずる旨の課徴金納付命令を発した。右事実は、同年七月一三日付けの新聞各紙において報道された。

(八) 平成七年七月二八日付け毎日新聞朝刊に、被告事業団発注の電気設備工事の入札談合によりつり上げられた工事価格の返還を求める住民訴訟を行う方針の全国市民オンブズマン連絡会議が、公取委の発した課徴金納付命令の対象とされた全工事のリストを入手し、その全容が同月二七日に明らかになった旨の記事が掲載された。

(九) 平成八年五月三一日、東京高等裁判所は、独占禁止法違反被告事件につき、被告九社のうち、被告株式会社日立製作所、被告株式会社東芝、被告三菱電機、被告富士電機株式会社及び被告株式会社明電舎にいずれも罰金六〇〇〇万円、その余の被告各社にいずれも罰金四〇〇〇万円、被告九社の担当者らにいずれも懲役一〇月、執行猶予二年、独占禁止法違反幇助被告事件につき被告事業団の元工務部次長に懲役八月、執行猶予二年とする判決を宣告した。

5  原告らの住民監査請求及び本訴提起(甲第一号証)

原告らは、平成八年六月一一日、市監査委員に対して、本件発注工事につき、被告九社が被告事業団から工事の件名と発注予定金額の呈示を受けて談合を行ったのであり、もし、受注業者間に公正な競争が確保されていれば、契約金額は実際の価格よりも二〇パーセント以上は低くなったはずであって、被告らは、談合という共同不法行為により契約金額を不当につり上げて、工事委託者として最終的に契約代金を負担した市に右差額相当の損害を与えたのであるから、市長は、右損害賠償請求権を行使して、市の被った損害を補填する措置を講ずる責任があるにもかかわらず、これを怠っているとして、市長に対し、その措置を講ずべきことを勧告することを求める住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたが、同年八月七日、本件監査請求は理由がない旨の監査結果が出されたため、同年九月三日、右監査結果を不服として、本件訴えを提起した。

6  原告らが主張する市の被告らに対する損害賠償請求権の発生原因事実

原告らは、本件第九回口頭弁論期日において、原告らが本件訴えにおいて、市がその行使を違法に怠っているとする市の被告らに対する損害賠償請求権の発生原因事実を、次のとおり整理して、特定した。

(一) 被告らによる談合のやり方

被告九社は、平成二年度以降、同一年度内に被告事業団が発注を予定している電気設備工事の受注予定者(いわゆる本命)を、毎年六月に開かれる「ドラフト会議」で一括して決定していた。その際、まず、談合ルールの確認を行い、被告事業団の担当者から当該年度において被告事業団が発注する電気設備工事について、工事件名、予算金額等の情報を得て、「九社会の談合ルール」に基づいて決定されている各社のシェア割合に基づいて各電気設備工事の受注業者を決定するというやり方によっていた。そして、そのようにして決定された受注予定会社を被告事業団の担当者に伝え、被告事業団の担当者において、当該受注予定会社を指名業者に選定するとともに、入札又は見積合わせに際し、予定価格を受注予定会社の担当者に教示するという方法がとられるのが原則であった。

なお、この談合ルールでは、継続工事については、そのまま工事担当会社が継続受注することが決められており、被告事業団も、そのことを知っており、形だけの指名競争入札や随意契約により、従前の工事担当会社と契約を締結していた。

(二) 被告事業団は、本件協定により市から委託を受けた本件委託工事の受託事務の遂行に当たり、建設工事請負の有資格業者を選定した上、日本下水道事業団会計規程に基づいて工事請負契約を締結し、市に対して、適正価格を超える費用負担をさせない義務を負っているのに、右義務に違反し、市の設定する工事予定価格を教示した上、被告九社により通謀された談合ルールによって決定された被告三菱電機との間で、本件請負契約を締結し、その水増しされた請負代金を前提として、市に費用の前払をさせ、少なくとも、工事請負代金の二割相当額六五七一万四〇〇〇円の損害を市に与えた。市の右損害は、市が被告事業団に費用の前払をしたときに発生し、被告事業団が、本件委託工事の完成後、完了精算報告書を提出したときに、確定したものである。

(三) 被告九社は、被告事業団と通謀の上、談合行為を行い、被告事業団との間で、水増し代金を上乗せした本件請負契約を締結することにより、市の被告事業団に対する適正価格による工事の遂行を求める協定上の権利を侵害した。

(四) 以上の被告らの行為は、市に対する共同不法行為を構成するものであるから、被告らは、市に対して、連帯して、市の被った損害を賠償すべき責任を負う。

二  争点

当事者双方が本判決において判断を求めた争点は、本件監査請求につき法二四二条二項に規定する監査請求期間の制限が及ぶか否か、監査請求期間の制限が及ぶ場合に、本件監査請求が監査請求期間内にされたといえるか否か、本件監査請求が監査請求期間内にされたといえない場合に、同項ただし書に規定する「正当な理由」が存すると認められるか否かという点にあり、これらについての当事者双方の主張は次のとおりである。

1  本件監査請求につき監査請求期間の制限を規定した法二四二条二項が適用されるか否か。

(被告ら)

原告らが主張するように、被告らが談合をしたことにより、水増しされた本件発注工事の請負代金を前提に、市が被告事業団に費用を支払い、右水増し分に相当する損害を被ったというのであれば、本件は、右費用の支出の原因となるべき財務会計行為(支出負担行為)の違法に基づく損害賠償請求権を行使するものであり、以下のとおり、右財務会計行為の日を基準として、法二四二条二項が適用される。本件監査請求は、監査請求期間を徒過してされたものであるから、原告らの本件訴えは、適法な住民監査請求の前置を欠く不適法なものである。

(一) 怠る事実に係る住民監査請求と監査請求期間の制限

法二四二条二項は、住民監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができないとするが、このように法が監査請求期間を制限する規定を設けた趣旨は、地方公共団体の機関、職員の財務会計行為は、たとえそれが違法なものであっても、いつまでも住民監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは、法的安定性を損ない好ましくないからである(最高裁判所昭和六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四号五七頁(以下「昭和六三年最判」という。)参照)。そして、住民訴訟は、個人の権利利益に基づかず、住民であることだけをもって訴権を認めるものであり、もともと法律上の争訟に当たらないものを法の規定する出訴要件に合致する限度で特に認められたものであるから、そのような住民訴訟の性格からして、これに一定の縛りをかけない限り、あらゆる紛争が裁判所に持ち込まれ、裁判所本来の機能を妨げるおそれがある。したがって、法二四二条二項の適用に当たっては、監査請求期間の解釈についても、右のような点を踏まえ、他の要件と同様に厳格にされるべきものであり、いたずらに類推あるいは拡張すべきものではないのであって、財務会計行為の違法性が問題となり得るにもかかわらず、これを損害賠償請求権の行使を怠る事実と構成することにより、監査請求期間の制限を容易に免れるというのでは、法が住民訴訟の提起に限定を加えた趣旨が没却されてしまうことになる。

右のような観点からすれば、怠る事実に係る住民監査請求においても、その原因となる違法な財務会計行為が存在し、その是正等を求めて住民監査請求ができるのであれば、右行為時を基準として法二四二条二項の適用を認めるべきである。最高裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻一号一二二頁(以下「昭和六二年最判」という。)も右と同旨の見解に基づくものである。

なお、最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一二四号一四五頁(以下「昭和五三年最判」という。)は、怠る事実については監査請求期間の適用がないとの判断を示しているが、この判断は、住民にとって住民監査請求の対象となるべき違法な財務会計行為が存在せず、是正措置を求めることがおよそできなかった事案に関するものであり、その点において、昭和六二年最判と異なっている。

(二) 違法な財務会計行為に基づく実体法上の請求権の意義

昭和六二年最判にいうところの「違法な財務会計行為に基づく実体法上の請求権」という場合の「違法」は、「客観的違法」を意味する。なぜなら、違法という概念がもともと客観的なものである上、住民監査請求、住民訴訟は、個々の財務会計職員の責任を追及するものではなく、地方公共団体の財務の適正を担保するための制度であることからしても、財務会計行為の違法性は客観的に判断されなければならないからである。ちなみに、法は住民訴訟の類型として、当該行為の差止請求(法二四二条の二第一項一号)を挙げているところ、右請求が認められるためには、当該行為が違法でなければならないことは当然であるが、それについて、当該職員の故意、過失を要しないことは明らかである。また、住民監査請求の対象は、違法な財務会計行為に限定されず、財務会計行為の「不当」を理由とすることも許されている(法二四二条一項)のであるから、法二四二条二項の適用があるか否かの判断についても、財務会計行為の違法性は必須の要件ではないということができるのであって、昭和六二年最判の趣旨は、「請求権の不行使を怠る事実とする場合、右請求権が財務会計上の行為に基づいて生じたものである限り、右行為の時を基準として監査請求期間を判断すべき」であると言い換えることができる。

また、当該実体法上の請求権が「違法な財務会計行為に基づく」といえるか否かは、当該実体法上の請求権を基礎付ける要件事実によって客観的に決定されるものであり、原告らの主張の仕方によって左右されるものではない。本件においては、仮に被告らによる談合があったとしても、それだけでは損害は発生せず、それを前提として市が被告事業団に支払うべき費用が確定され、右費用が支払われたからこそ、市に損害賠償請求権が発生するのであるから、右請求権は「違法な財務会計行為に基づく実体法上の請求権」というべきであって、これを「談合の違法」というか「財務会計行為の違法」というかは、法的観点の相違にすぎないのである。

(三) 本件への当てはめ

仮に、談合行為がなされていたとすれば、それに基づいて市が被告事業団との間で本件協定を締結し、費用額を確定して債務を負担したことは、客観的に違法という評価は免れないものであり、右違法な財務会計行為の時を基準として法二四二条二項が適用されるというべきである。

(原告ら)

原告らは、談合という不法行為によって市が被った損害の賠償を談合行為に加わった被告らに対して請求すべきであるのにそれを怠っていることを問題にしているのであって、原告らは、市の財務会計行為である被告事業団との委託協定自体の違法性、無効性についての主張をしたり、財務会計行為の違法性に基づく損害賠償という主張をするものではない。本件監査請求は、市の不作為を理由とするものであり、不作為に係る住民監査請求については、監査請求期間の制限は及ばない。また、本件において原告らは、不法行為の主体として財務会計行為の相手方である被告事業団や落札した業者のみならず、談合に参加した業者すべてを損害賠償義務を負う被告とし、既に工事が完了し、引渡しが済んだ時点において、落札価格と談合がなければ存在したであろう落札価格との差額を損害として賠償請求しているが、これは違法な財務会計行為に基づく請求ではカヴァーできない対象をも相手方とし、財務会計行為の違法、無効を主張する不当利得返還請求では得られない法的効果を求めるものである。これに対し、被告らは、本件につき法二四二条二項の適用があると主張するが、被告らの右主張は、以下のとおり、失当である。

(一) 法二四二条一項の法意

法二四二条一項が定める住民監査請求及び法二四二条の二第一項各号が定める住民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の非違行為を中心とした職務違反行為を是正するために住民に付与されている請求権に基づくものである。この住民の是正請求権が成立するためには、地方公共団体の長、職員等の当該地方公共団体に対する違法な行為によって損害が生じているという事実が必要となる。地方公共団体の長や職員に何らとがめるべき事実が存在しないのに、住民の是正請求権を発動させることは、必要もなく、時として混乱をもたらすものである。それゆえ、地方公共団体の長、職員等が欺罔されて当該地方公共団体に損害が発生した場合には、騙されたことは職務違反行為ではないから、当該地方公共団体にその加害者に対する損害賠償請求権は発生しても、詐欺行為によって損害が発生しただけでは、直ちには、住民の是正請求権、すなわち法二四二条一項の住民監査請求権や住民訴訟の提起権は発生しないのである。このような場合には、地方公共団体の長や職員がその損害の発生を知って、なお適正な管理をなさず、その損害を放置した場合、すなわち「怠る事実」といわれる状態が生じたときにはじめて、住民の是正請求権が発生するのである。

すなわち、法二四二条一項において、普通地方公共団体の住民が住民監査請求をすることができる場合として規定されている、「違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担」(いわゆる「当該行為」と呼称されているもの。)は、地方公共団体の長、職員等が行った違法な財務会計行為であり、「当該行為」の相手方が、住民訴訟において「当該行為」の責任を追及されることがあるが、それは、地方公共団体の長、職員等も「当該行為」の責任を負うべき場合である。そして、ある財務会計行為によって地方公共団体に損害が発生しても、地方公共団体の長、職員等に当該地方公共団体に対する義務違反の責任原因がない場合には、損害が発生したとの事実だけでは、住民は、その損害を発生させた相手方に対して損害賠償を求めることができず、それゆえ、「当該行為」から一年という監査請求期間が起算されることはない。また、同じく法二四二条一項に規定されている「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」(いわゆる「怠る事実」と呼称されているもの。)は、地方公共団体の長、職員等が財産管理を怠ったときに、そこに違法な状態が生じ、住民に「怠る事実」の是正請求権が発生することを規定するもので、地方公共団体の長、職員等に責任原因がない財務会計行為により当該地方公共団体に損害が発生した場合には、その事実を当該地方公共団体が知り、これを放置したときに、地方公共団体の長、職員等に違法な状態が生じ、これを契機に住民には住民監査請求権、住民訴訟の提起権が発生するのである。

これを法二四二条の二第一項四号に規定する住民訴訟の類型に即してみると、同号に規定する、普通地方公共団体に代位して行う、①「当該職員に対する損害賠償の請求若しくは不当利得返還の請求」、②「当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に対する法律関係不存在確認の請求、損害賠償の請求、不当利得返還の請求、原状回復の請求若しくは妨害排除の請求」のうち、右①は、「当該行為」を行った、又は、「怠る事実」の管理責任者である地方公共団体の長、職員等に対する請求であって、監査請求期間の制限が働くのは、地方公共団体の長、職員等が「当該行為」を行った場合だけであり、右②は、相手方に対する「当該行為」についての責任追及と「怠る事実」についての責任追及であるが、住民が相手方に対して、「当該行為」の構成により責任追及できるのは、相手方が地方公共団体の長、職員等と相通じて「当該行為」を図った場合であり、地方公共団体の長、職員等に責任原因のない財務会計行為によって地方公共団体に損害が発生した場合には、当該地方公共団体の放置によって「怠る事実」に転じたときに、住民は、当該地方公共団体に代位して損害賠償を請求できるのである。このように解釈することにより、住民監査請求につき定めた法二四二条一項と住民訴訟につき定めた法二四二条の二第一項各号とは完全に整合するのである。

(二)住民監査請求、住民訴訟制度の法的性質と「当該行為」の主体

住民監査請求や引き続く住民訴訟が、違法な財政上の措置を行った地方公共団体の長、職員等に対する是正請求権であることは明らかであり、昭和六二年最判も「住民監査請求の制度は、普通地方公共団体の財政の腐敗の防止を図り、住民全体の利益を確保する見地から、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の違法若しくは不当な財務会計上の行為又は怠る事実について、その監査と予防、是正の措置とを監査委員に請求する機能を与えたもの」としている。

このように、住民監査請求、住民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の違法行為是正措置であるから、地方公共団体の長、職員等によって違法な財務会計行為が行われれば、その時点で、直ちに住民の是正請求権が成立して、住民は、是正措置をとることができるに至り、監査請求期間も進行するというのが、制度本来の機能である。しかし、ある財務会計行為によって地方公共団体に損害が発生したとしても、地方公共団体の長、職員等に当該地方公共団体に対する義務違反行為がなく、違法な責任原因が存在しない場合には、住民は未だ是正請求権を持つには至らない。地方公共団体内部の者が不正に加担していないのであれば、それらの是正措置は、第一次的には地方公共団体の長、職員等の手でとられるべきことが期待され、直ちに住民に是正請求権を付与する必要性までは認められないからである。このような関係から、法二四二条一項がいう「当該行為」の主体は、地方公共団体の長、職員等を指しているのである。ある者が地方公共団体の職員を欺罔して契約を結び、金員を出捐させた場合などは、その支出行為は「違法な財務会計行為」とはならず、同項にいう「当該行為」を構成しない。それゆえ、住民は、詐欺による支払の事実を知ったとしても、その相手方である者に対して、直ちに代位請求権を持つことはないのである。

(三) 「当該行為」の「違法性」について

談合に基づく業者と地方公共団体との契約が違法であり、当該地方公共団体の選択により取り消し得べきものであることは当然であり、原告らは、被告らの談合行為から被告事業団に対する市の工事代金の支払までの全体を不法行為として構成しているが、地方公共団体と相手方との間で締結された契約に対する評価と、「違法な財務会計行為」という場合の「違法」の評価とは、場面、性質を異にし、同一のものではない。地方公共団体と業者との間の契約が不法行為として違法性を有すること(外部関係における違法)は、必ずしも、当該地方公共団体と長、職員等との関係での違法(内部関係における違法)をもたらすものではない。法二四二条一項にいう「違法な」財務会計行為の「違法」は、この「内部関係における違法」、すなわち地方公共団体に対する当該地方公共団体の長、職員等の義務違反行為を指すものである。本件においては、この「内部関係における違法」は存在せず、それゆえ「当該行為」も存在しないのであるから、被告らの主張は失当である。

また、昭和六二年最判は、地方公共団体(町)の長(町長)が不当に低廉な価格で町有地を売却した事例であり、町長と買手の両者に「当該行為」の責任が発生しているものとして、もともと法二四二条二項の監査請求期間の制限を受ける事案であった。そして、同事案では、「当該行為」の本人である町長と買手に対して「当該行為」の責任を追及することも、また、買手に対する損害賠償請求などを怠っている事実に着目して「怠る事実」として請求を構成することも可能であったのである。このような事案に係る昭和六二年最判は、地方公共団体側に違法はなく、「当該行為」のない本件とは事案を異にし、引用する余地はないものである。

(四) 法的安定性について

以上のように、本件における市と被告事業団との間における財務会計行為は「違法な」財務会計行為に当たらず、一年間の監査請求期間の制限はなく、被告らに対しては、「怠る事実」の相手方に対しての損害賠償請求権しか成立しないと解釈することは、法が求める「法的安定性の要請」とも何ら矛盾するものではない。すなわち、本件では、加害企業に対して損害賠償を求めるだけであって、地方公共団体の過去の行政措置の効力を覆そうというものでもないから、法的安定性を害する余地はない。

2  本件監査請求につき法二四二条二項に規定する監査請求期間の制限が及ぶ場合に、本件監査請求が監査請求期間内にされたといえるか否か。

(原告ら)

最高裁判所平成九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二八七頁(以下「平成九年最判」という。)は、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求において、右請求権が右財務会計行為がされた時点においてはいまだ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべきものとした上、その日から一年が経過する以前になされた住民監査請求は、同項の期間を遵守したものとして適法と判示しているところ、本件の事実経過に照らせば、市が被告九社に対して談合の事実に基づいて損害賠償請求することが可能になるのは、仮に最も早い時期をとったとしても、被告九社が刑事訴追された平成七年六月一五日である。この時を基準とすれば、本件監査請求は、平成九年最判がいう「実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日」から一年以内にされているのであるから、適法な住民監査請求となることは明らかである。

(被告ら)

(一) 本件協定は平成五年六月二二日に、本件変更協定も同年一〇月六日に締結されている上、本件請負契約は、同月一九日に締結されているのであるから、市が被告事業団に支払うべき費用の確定もそのころまでに完了しているはずであるところ、本件監査請求は平成八年六月一一日にされているのであるから、財務会計行為のあった日又は終わった日から一年を経過してなされたものというべきである。

(二) 平成九年最判は、財務会計上の行為が違法であることに基づく、実体法上の請求権が右行為の時点では発生しておらず又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として、法二四二条二項を適用すべきであるとするが、本件では、財務会計行為の時点で既に損害賠償請求権は発生していたことになるし、それを行使することに障害はなかったから、平成九年最判の議論は妥当しない。

3  本件監査請求につき法二四二条一項に規定する監査請求期間の制限が及ぶとした場合に、同条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存すると認められるか否か。

(原告ら)

(一) 本件における被告らによる談合行為は、独占禁止法等に違反する違法な行為であり、被告らによって秘密裡に行われたものである。それゆえに、住民監査請求を行うことが可能な財務会計行為が行われた時点においては、原告らは、本件の談合行為を全く知る余地がなく、住民監査請求を行うことは不可能であった。本件において、原告らが、住民監査請求を行う必要性を認識し、かつ、これを行うことが可能となるためには、①被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確になったこと、②被告らの談合行為による市の損害が具体的に明らかになったこと、③その後、相当な期間を経たにもかかわらず、なお市が被告らに対して損害賠償請求をしないこと、④住民独自の調査により、右①、②の事実に関して、住民監査請求をするに相応しい相当程度の具体的事実が明らかになったことが要件とされるべきである。なぜなら、右①、②の要件が満たされなければ、住民にはおよそ住民監査請求をしようという動機すら生じようがなく、一住民がする住民監査請求によって監査委員が実際に積極的に監査をするようになるためには、相当程度説得力のある具体的事実とそれを裏付ける証拠を準備する必要があり、そのためには、準備に相当な期間が必要となるからである。特に、本件のように、組織的かつ秘密裡に行われたために一般住民に実体が全く分からない談合事案で、地方公共団体が自ら損害賠償を請求しようとしない事案にあっては、住民は、右①、②の要件を満たすだけの事実調査を独力で行う必要があり、かつ、これを一定程度裏付けるに足りる証拠も独力で収集する必要があるのであって、これらの要件を満たすためには、相当な期間が必要不可欠である。このことは、住民監査請求に当たっては、具体的な事実を指摘し、かつ、裏付けとなる書面を添付することが必要とされており(法二四二条一項)、監査委員の監査の結果等に不服があるときは、監査の結果の通知から三〇日以内に住民訴訟を提起しなければならない(法二四二条の二第二、第三項)ことからも明らかである。

(二) これを本件についてみるに、「被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確になった」といい得る事実としては、被告九社が公取委の課徴金納付命令に対し、異議なく服したこと、すなわち、納付期限である平成七年九月一三日の経過がこれに該当する。また、「被告らの談合行為による市の損害が具体的に明らかになった」というためには、市が被告事業団に公共下水道工事を委託していた事実、委託した工事の中に談合の対象となった電気設備工事が含まれていた事実、被告事業団と被告三菱電機との契約金額などの事実が明らかになることが不可欠であるところ、これらの事実は、住民が情報公開請求をし、開示された資料によって初めて知り得るものであり、そして、開示された情報を分析、検討して初めて市の被った損害が明らかになるのである。

ところで、原告ら代理人は、平成七年九月五日、八王子市情報公開条例に基づいて、本件発注工事に関する情報公開請求を行ったが、同条例は平成六年四月一日から施行され、かつ、施行日以降に作成し、又は取得した文書のみが対象となる旨規定されているため、原告らは、右情報公開請求によって、本件発注工事に関する情報を入手することはできなかった。その後、原告らが独自に調査を進めたところ、被告三菱電機が本件発注工事を受注していることが明らかとなったが、契約金額については判明せず、それが判明したのは、やむを得ず契約金額を九億円として行った本件監査請求の監査結果によってであった。そして、市は、この間、被告らに対し、違法な談合行為によって被った損害について損害賠償請求を行おうとしなかった。

原告らは、平成八年六月一一日、市監査委員に対し、本件監査請求をしたのであり、本件監査請求は、被告らの違法行為が社会的事実として明らかになってから約九か月でされたものであるが、それだけの期間を要したのは、右に述べたように、原告らが手を尽くして、本件発注工事の受注先及び契約金額を調査したものの、その内容が明らかにならなかったためであり、仮に、本件監査請求につき監査請求期間の制限が及ぶとしても、原告らが、本件監査請求を監査請求期間内にしなかったことにつき、法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存することは明らかである。

(被告ら)

(一) 「正当な理由」の判断基準

法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」の判断基準について、昭和六三年最判は、「正当な理由」があるとされる要件として、①当該行為が秘密裡になされたかどうか、②住民が相当な注意力をもって調査したときに客観的に見て当該行為を知ることができたかどうか、③知ることができたときから相当な期間内に住民監査請求をしたかどうか、の三点を示したが、昭和六三年最判の事案は、町長が灌漑排水事業の用地買収につき、その補償金の上乗せとして裏金を支出したのが違法であるとする住民監査請求に関するものであり、右支出自体秘密裡になされたものであるが、四年後の定例町議会で取り上げられ、「町議会だより」に、予算外支出が明らかになり、町長が陳謝した旨の記事が掲載されたところ、住民監査請求は右広報誌の配付から四か月後にされたというものである。これについて、昭和六三年最判は「正当な理由」を認めなかったのであるが、その判断の決め手となったのは、当該行為を住民が知り得る状態となってから四か月経過して住民監査請求がなされたという点である。すなわち、昭和六三年最判は、「町議会だより」という形で事実が報告されたことをもって「当該行為を知ることができた」と認定するとともに、そこから四か月の経過は「相当な期間内」とは認められないと判断し、新聞報道によって初めて住民は知ることができるようになり、その後一か月内にした住民監査請求には「正当な理由」があると判断した原判決を破棄したのである。

また、大阪高等裁判所平成三年五月二三日判決・行裁集四二巻五号六六七頁(以下「平成三年大阪高判」という。)は、地方公共団体の買収事務を担当する職員が、既に買収済みの土地に関して内容虚偽の文書を作成して当該地方公共団体に架空の損失補償金を支出させて騙取したという事案につき、①形式的には公然とされた予算内の支出行為であっても、違法・不正な支出であることがことさら隠蔽されている場合には、一般住民において右支出が違法・不正なものであることを知ることは不可能であるから、右支出は秘密裡になされた場合に該当する、②この場合、住民が相当の注意力をもって調査したときに、客観的にみて、当該行為が違法あるいは不正であることを知ることができたと解されるときから相当な期間内に住民監査請求がなされておれば「正当な理由」がある、③新聞報道によって違法な支出であることを知った日から四一日あるいは三五日後にした住民監査請求には「正当な理由」がある、としたものである。これは、「正当な理由」につき、昭和六三年最判の要件を前提としつつも、形式的に適法な支出であり、それ自体は秘密裡になされたものでなくとも、違法性がことさら隠蔽されておれば、昭和六三年最判の要件①及び②に該当することを示したものである。

(二) 本件への当てはめ

これを本件についてみると、相当な注意力を有する住民が本件における財務会計行為の違法を知ることができたと解される時は、談合の存在を報ずる新聞報道が繰り返しなされるようになった平成六年九月以降であり、遅くとも、公取委による被告九社に対する課徴金納付命令があった平成七年七月一二日には当該行為を知り得たと認めるべきであって、それから四か月以上経過した平成八年六月一一日になされた本件監査請求が「相当な期間内」という要件を欠くことは明らかというべきである。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  怠る事実の相手方に対する損害賠償請求権の行使を求める住民監査請求につき、監査請求期間の制限が及ぶか否かについて

1  法二四二条二項は「当該行為」について監査請求期間を規定するものであり、その趣旨は、違法、不当な財務会計上の行為であっても、いつまでも住民監査請求又は住民訴訟の対象となり得るものとしておくことは法的安定性を損ない好ましくないことから、財務会計行為の法的安定及び地方財政の円滑な執行と地方公共団体の財政を健全ならしめるという住民監査請求の目的との調和を図るため、住民監査請求に時間的制限を設けたことにある。そして、同条二項が同条一項に規定する「怠る事実」について監査請求期間を規定するものでないことは、その文理から明らかである。

また、ある財務会計行為に対する監査請求において、当該行為が不当又は違法であるとされ、地方公共団体が当該行為によって生じた財産の流出につき原状回復請求権を有し、あるいは当該行為によって生じた損害又は損失についてその賠償請求権あるいは不当利得返還請求権を有する場合には、監査委員は当該行為の是正措置として右各請求権を行使するよう勧告することができ、この勧告又はこれに対する措置に不服があるときは、裁判所に対して住民訴訟を提起することができるのである(法二四二条の二第一項)。そして、この場合における不当又は違法とは、財務会計上の規範に照らして、客観的に当該行為に不適切又は規範に違反する点があることをいうのであって、財務会計行為を行う職員に対する賠償請求権(法二四三条の二)が発生する場合であることを要しないし、当該職員の故意又は過失を要するものでもない。これを反対に解するときは、当該職員がやむを得ない過誤に基づいて客観的に違法な財務会計行為を行おうとし、又は行ったときでも、右過誤を指摘して、その防止又は是正を求めることができないこととなるが、地方公共団体の財政を健全ならしめるという住民監査請求の目的に照らして、このような結論は不当というべきであり、法二四二条一項の文理に照らしても、財務会計行為の不当、違法の概念に当該行為を行う職員の主観的違法を必要とする見解は、損害を補填するために必要な措置としての賠償請求権の発生要件事実と財務会計行為の規範抵触とを混同するものであって、採用することはできない。また、不当又は違法な財務会計行為によって被った損害を補填するために監査委員が勧告することのできる必要な措置とは、不当又は違法な財務会計行為の直接の相手方に対する損害賠償請求権の行使に限定されるものではなく、住民は、当該行為の直接の相手方でない者への請求権の行使を含めて、違法又は不当な財務会計行為を是正し、地方公共団体の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができ、監査委員はかかる請求権の行使を勧告することができるのであって(法二四二条一項)、流出した財産の転得者等に対する実体法上の請求権の行使について常に当該請求権を怠る事実に対する監査請求を必要とすることは、監査、ひいては住民監査請求の機能を制限するものであり、制度の趣旨に沿わないものである。なお、住民訴訟において代位行使することができる請求権も財務会計行為の直接の相手方に対するものに限定されるものではないと解される(最高裁判所昭和五〇年五月二七日第三小法廷判決・裁判集民事一一五号一五頁、同平成一〇年七月三日第二小法廷判決・判例時報一六五二号六五頁参照)。

ところで、不当又は違法な財務会計行為に係る損害賠償請求権又は不当利得返還請求権は金銭債権であるから、法二四〇条に規定する債権に該当することとなり、このような請求権を有する普通地方公共団体がそれを行使しないことは、「財産の管理を怠る事実」に該当することとなる(法二四〇条二項)。そうすると、形式的には、右金銭債権の行使を怠ること自体を対象とする住民監査請求が可能となるが、かかる住民監査請求を認め、これについては監査請求期間の制限がないとすることは、「当該行為」に監査請求期間を設けた法の趣旨に反することになるし、住民監査請求の同一性は財務会計行為によって画され、是正措置の内容にかかわらない(右に掲記した最高裁判所平成一〇年七月三日第二小法廷判決)ことからすれば、特段の事由がない限り、財務会計行為に対する住民監査請求と当該行為によって被った損害に係る損害賠償請求権の不行使に関する住民監査請求とは、重畳する関係にあり、住民訴訟においても同一の審理が要請される関係にあるものというべきである(法二四二条の二第四項参照)。したがって、「当該行為」と「怠る事実」とを区分して、「当該行為」についてのみ監査請求期間を設けた法の趣旨に沿う法解釈としては、不当又は違法な財務会計行為の是正措置となるべき実体法上の請求権の不行使は「怠る事実」に対する監査請求の対象とならないとするか、又は、「財産の管理を怠る事実」として監査請求の対象となるが監査請求期間は当該行為を基準とするといった解釈の余地があるが、金銭債権の行使を怠る事実でありながら住民監査請求においては「財産の管理を怠る事実」に該当しないとする見解は法の文理に反し、住民監査請求の範囲を不当に制約するものとして採用し難い。そうすると、その行使が不当又は違法な財務会計行為の是正措置となるべき金銭請求権、すなわち「当該行為」が不当又は違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実は「財産の管理を怠る事実」として住民監査請求の対象となるが、当該監査請求については「当該行為」のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定を適用すべしとする見解が合理的と考えられるのであって、昭和六二年最判の説くところも、正にこの点にあるというべきであり、その趣旨が昭和五三年最判に抵触するものでないことも明らかである。

もっとも、財産管理を怠ることによる財務会計上の不当又は違法な状態は、監査請求期間を経過した後にも継続しているのであり、法二四二条二項が「怠る事実」について監査請求期間を予定していないことからすれば、不当又は違法な財務会計行為に基づいて発生する実体法上の請求権の不行使であっても、監査請求期間を設けた趣旨に反しない場合には、右の例外を認めるとの見解もなお検討の余地のあるところである。しかし、財務会計上の行為の法的安定性とは当該行為を行った職員についてのみならず当該行為の相手方を含めて問題となるものであり、法は地方公共団体においてなお是正措置を講じ得る場合であっても、監査請求期間を経過した後の財務会計行為については住民監査請求ひいては住民訴訟の対象となり得ないものとしたのであるから、右見解の予定する例外を肯定することも解釈上は困難というべきである。また、財務会計行為を行った職員及び当該行為の直接の相手方とその余の相手方とを分け、その余の相手方に対する請求権の不行使については、「財産の管理を怠る事実」として、監査請求期間を設けないとする見解については、その余の相手方に対する請求も当該職員及び当該行為の直接の相手方に対する請求と同様に当該行為に対する監査請求における是正措置に含まれるのであり、実質的にみても当該行為により被った損害を補填するために必要な措置として直接の相手方に対する請求権の行使と区別する理由が見いだせないから、右見解によることも困難である。

なお、財務会計行為が不当又は違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実については、当該行為を基準として監査請求期間が判断されるとしても、右請求権が未発生であったり、地方公共団体において当該請求権を行使することがおよそ期待できない場合には、当該行為の後であっても、当該請求権の不行使についての監査請求をすることは期待できないから、この場合には、当該請求権が発生し、又は地方公共団体において当該請求権を行使することが可能となった時を基準として監査請求期間を判断すべきことになるのであって、平成九年最判が説くところも、ここにあるものということができる。

2  この点につき、原告らは、本件監査請求が市と被告事業団との委託協定等の財務会計行為の違法を主張するものではなく、単に損害賠償請求権の不行使を問題とするものであるから、法二四二条二項の適用はないとし、本件監査請求が被告事業団に対する財務会計行為に基づいて発生すべき不当利得返還請求等の相手方とならない「当該行為」の直接の相手方でない被告九社の賠償責任を追及するものであること、住民監査請求又は住民訴訟は、地方公共団体の長、職員等の違法な行為の是正を目的とするものであり、その違法とは地方公共団体の長、職員等が当該行為の責任を負うべき場合を指すものであるとして、仮に地方公共団体の事務に必要でない支出がされても、それが地方公共団体の長、職員等が欺罔されたことに起因する場合には、当該長又は職員等に職務違反がないから、住民の是正請求権の行使として住民監査請求をし、又は住民訴訟を提起することはできないとし、住民監査請求又は住民訴訟における違法とは財務会計行為に当たる長又は職員等の地方公共団体に対する義務違反(内部関係における違法)であり、支出負担行為たる契約内容の違法性(外部関係における違法)とは区別されるべきであり、原告らの主張する不法行為においては右にいう「内部関係における違法」は存在せず、「外部関係における違法」を主張することは監査請求期間が設けられた目的である法的安定性を害するものではないと主張する。

右の各主張を採用できないことは、既に説示したところからも明らかであるが、再説すれば、監査請求期間の制限が及ぶか否かは、住民監査請求に係る「怠る事実」の内容に関する客観的解釈の問題であり、当事者の法律構成により別異に解釈すべきものではなく、ある財務会計行為が違法であることから生ずる実体法上の請求権(当該行為により被った損害を補填するために行使することが必要とされる請求権)の相手方は当該行為の直接の相手方に限定されるものではなく、法解釈上、違法の概念が相対的であるとしても、住民監査請求が対象とする違法を原告らの主張する「内部関係における違法」、すなわち、財務会計行為を行う職員等の主観的帰責事由を要する有責性と解することは、本来客観的に観察されるべき地方公共団体に対する財務会計行為における義務違反を当該職員等への損害賠償責任の場面に限定することとなり、ひいては、地方公共団体の財政の監視という住民監査請求の機能を限局するものであって、採用することはできず、さらに、財務会計行為の法的安定性とは当該行為を行った職員の責任追及の場面に限られず、当該行為の効力一般に関するものであり、当該行為の相手方等を含めて考察すべきものであり、監査請求期間の限定によって保持しようとした法的安定性は、財務会計行為が不当または違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使に関する限り、原告らの主張する「外部関係における違法」を例外とするものではないのである。

たしかに、このように解するときは、地方公共団体の有する損害賠償請求権であっても、窃盗、横領、公有財産の無断使用等、事実的侵害に基づく場合には監査請求期間の制約を免れ、当該財貨又は経済的利益の流出が財務会計行為に発する場合には、監査請求期間の制約の故に、住民監査請求の対象とされない場合が生ずることになるから、これを区別する実質的理由の有無には疑問が生じようし、監査請求期間経過後において、違法又は不当な財務会計行為により生じた損害を補填するために講じ得る是正方法があるのに、地方公共団体がその是正措置を講じようとしない場合に、これを住民監査請求又は住民訴訟の対象とし得ないとすることへの違和感も否定し難いものがあろう。しかし、右の疑問又は違和感は、監査請求期間の適用について財務会計行為と「怠る事実」とを区別するという立法政策に起因するものというほかなく、立法論として監査請求期間を設けることの当否、その適用区別の当否についての問題点を指摘するものということはできるが、実定法の解釈を変更する理由とすることはできない。

3  右に説示したとおり、ある財務会計行為の内容、手続に当該行為を行う職員として審査すべき要件を客観的に満たさない違法があり、当該行為による損害を補填するために必要な是正措置として行使すべき請求権、すなわち当該行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって「財産の管理を怠る事実」とする住民監査請求については、当該請求権の相手方が当該行為の直接の相手方でない場合であっても、当該請求権の行使が可能である以上、当該行為のあった日又は終わった日を基準として法二四二条二項の規定が適用されるものと解すべきである。

二  本件監査請求における法二四二条二項の適用について

1  原告らが本件において代位行使しようとする損害賠償請求権の発生原因事実は、既に摘示したところであるが(前記第二、一、6)、その要点は、被告事業団が加功した被告九社の談合という被告らの共同不法行為により、右談合がなければ形成されるべき代価を上回る代価をもって、被告事業団と被告三菱電機との間に本件請負契約が締結されたため、これを含む委託費用の支払義務を負担した市は、右談合がなければ支払うべき金額を超える費用の支出を余儀なくされ、それに応じた損害を被ったというものであり、市の財務会計行為を担当する職員の故意、過失を問うものではない。

右の法律構成によれば、市の支出は不法行為による損害を根拠付けるものであり、不法行為の発生原因事実において、財務会計行為の違法が問題となるものではないが、右損害賠償請求権は、市の支出が本件委託工事の目的を達成するために必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」(法二三二条一項、二条一三項、地方財政法四条一項)を超えるとの客観的な違法に基づいて発生するものであり、右支出についての支出負担行為(法二三二条の三)又は支出行為(法二三二条の四)を行う職員が右事実を認識していなかったとしても、住民は、右事実を指摘して、右財務会計行為の予防、是正を求めて住民監査請求をすることができるのであるから、財務会計行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権というべきであり、監査請求期間については、原則として、右の財務会計行為の時を基準として判断されるべきことになる。

2  そして、既に説示した本件委託工事に係る委託協定における委託費用額の算定方法(前記第二、一、2(二))及び本件委託工事における本件協定の締結経過(前記第二、一、3)によれば、本件協定は請負契約の性質を有し、支出負担行為となるものと解することができ、支出負担行為の時期は本件協定の時と解すべきであり、これに基づく支出は債権者たる被告事業団への前金払により行われたものということができる。

ところで、原告らは、支出負担行為の無効を主張するものではないから、これに基づく支出を違法とすることはできず(最高裁判所昭和六二年五月一九日第三小法廷判決・民集四一巻四号六八七頁)、また、本件委託工事に係る市の支出の違法を主張するものでもないから、原告らの主張する損害は、市の事務を処理するために必要な経費を超える金額で締結された本件協定(支出負担行為)により生じたものということとなる。そして、本件協定が締結されたときは、住民は、その違法を主張して、本件協定に解除理由があるときは支出の予防を求め、あるいは、本件協定に係る金銭債務の負担により生じた損害を補填するための措置を講ずるよう請求することができたものと解される。

したがって、本件監査請求は、客観的に、支出負担行為(本件協定の締結)が違法であることに基づいて発生した損害を補填するために必要な是正措置の一つとして、その違法の原因を作出した被告らに対する損害賠償請求権の行使を求めるものということができるのであって、これが「怠る事実」に対する住民監査請求であるとしても、その監査請求期間は、本件協定締結の時を基準として判断されるべきものである。

ところで、原告が本件において損害の算出根拠とする本件請負契約の代金は本件協定に定める金額に含まれるものと推認することができ、本件協定は平成五年六月二二日に締結されている。なお、前記のとおり、本件協定における市が被告事業団に支払うべき費用の額については、本件変更協定によって増額されているところ、右の費用の額は本件請負契約で定められた請負代金を前提に算定されるものであり、右請負代金額の増額にしたがって、変更が加えられたものということができ、このような代金額を増額する本件変更協定は、増額分についての支出負担行為と解すべきものであるが、本件変更協定が締結されたのは同年一〇月六日であることは前記のとおりである。

したがって、平成八年六月一一日にされた本件監査請求は、監査請求期間を経過した後のものというべきである。

3  この点につき、原告らは、平成九年最判を引用して、市が被告九社に対して損害賠償を請求することが可能となるのは、早くとも、被告九社が刑事訴追された平成七年六月一五日であるから、監査請求期間は同日を基準として判断されるべきであるとする。しかし、原告らの主張を前提とする限り、本件事案においては、本件協定及び本件変更協定の締結後は、これによる負担額について被告九社に対して損害賠償を請求することを法的に不可能とする事情はなく、被告九社が刑事訴追された平成七年六月一五日まで、その行使が妨げられる事情があったということもできないのであって、平成九年最判を引用することは本件事案に適切でない。

三  本件監査請求につき法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存すると認められるか否かについて

1  「正当な理由」の判断基準について

「正当な理由」が存すると認められるか否かは、①法二四二条二項の適用に当たり基準とされる財務会計行為又はその違法性、不当性を基礎付ける事実が秘密裡にされたかどうか、②住民が相当の注意力をもって調査したときに、いつ、客観的にみて住民監査請求をすることができる程度に当該財務会計行為又はその違法性、不当性を疑わせる事実を知ることができたか、そして、③それを知ることができたときから相当な期間内、すなわち、住民監査請求のための措置請求書作成や証する書面の準備といった作業が行われるのに必要にして十分な期間内に住民監査請求をしたかどうかという判断基準(以下右①ないし③の判断基準を格別に「判断基準①」ないし「判断基準③」という。)によって判断すべきものである(昭和六三年最判及び平成三年大阪高判参照)。

2  本件への当てはめ

(一) 判断基準①について

原告らの主張を前提とすれば、法二四二条二項の適用対象となる財務会計行為である本件協定及び本件変更協定の各締結の違法性は、委託費用が不相応に高額ということであり、この違法性を認識する端緒となる事実が被告らの談合行為となるところ、右行為は、その性質上、秘密裡にされていることは明らかである。

(二) 判断基準②、③について

証拠(乙C第一、第二号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件協定の締結については、それに先立って、市議会の議決を経ており、右議決がなされたことは市議会会議録に記録され、公表されていること、本件委託工事について市が被告事業団に対し委託費用を支出していることは平成五年度の市の事務報告書に明記され、公表されていることが認められ、また、前記第二、一、4記載の被告事業団の発注に係る下水道施設電気設備工事の入札における談合を巡る一連の報道の経緯に照らせば、平成七年六月一五日に被告九社及びその担当者が独占禁止法三条違反の罪で、被告事業団の元工務部次長が同幇助の罪で、それぞれ起訴された旨が翌一六日に新聞報道され、更に、同年七月一三日には、公取委が被告九社に対し、独占禁止法三条違反の行為をしたとして、課徴金納付命令を発し、そのことが報道されているのであるから、市の住民が相当の注意力をもって調査したときには、遅くとも平成七年七月一三日までには、右各新聞報道を端緒として、客観的にみて本件委託工事に係る支出負担行為の存在及び右支出負担行為が被告らの談合行為に係る金額を基礎とするものではないかとの疑いを抱くに足りる事実を知ることができたものというべきであり、刑事訴追の報道がなされた時点から一一か月余、課徴金納付命令の発令の報道がなされた時点から約一一か月を経過した平成八年六月一一日にされた本件監査請求は、判断基準③にいう相当な期間内にされたものということはできないものというべきである。

(三) この点につき、原告らは、被告らによる談合行為が秘密裡に行われていることから、本件において原告らが住民監査請求を行う必要性を認識し、かつこれを行うことが可能となるためには、①被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確になったこと、②被告らの談合行為による市の損害が具体的に明らかになったこと、③その後、相当期間を経たにもかかわらず、なお市が被告らに対して損害賠償請求をしないこと、④住民独自の調査により、右①、②の事実に関して、住民監査請求をするに相応しい程度の具体的事実が明らかになったことが要件とされるべきであるとし、被告らが行った違法な談合行為が社会的事実として明確になった時期は、被告九社が公取委の課徴金納付命令に対し異議なく服したとき、すなわち、納付期限である平成七年九月一三日を経過した時であり、それから約九か月後に本件監査請求をした理由は、本件発注工事に係る文書が情報公開の対象とされておらず、原告らが手を尽くして調査しても、本件発注工事の受注先及び契約金額が判明しなかったことによるものであるから、「正当な理由」が存すると主張する。

しかし、前記第二、一、4、(八)記載のとおり、原告らが主張する課徴金納付期限の経過日以前である同年七月二七日には、全国市民オンブズマン連絡会議が被告らの談合によりつり上げられた工事価格の返還を求める住民訴訟を行う方針のもと、全工事リストを入手した旨を報道機関に発表しているのであるから、本件における判断基準②の時期が、原告らが主張する課徴金納付期限の経過日以前であることは明らかというべきであり、また、本件において原告らが主張する市の被告らに対する損害賠償請求権の発生原因事実(前記第二、一、5)が、被告らによる共同不法行為であることに照らせば、具体的な受注先の特定なしでも住民監査請求はできたのであるから、本件監査請求が相当な期間内にされたものといえないことは明らかというべきである。

また、原告らは、本件のような組織的かつ秘密裡に行われた談合事案で、市が自ら損害賠償請求をしようとしない事案にあっては、住民は、違法な談合の存在及びこれによる市の損害の事実調査を独力で行う必要があり、これを一定程度裏付けるに足りる証拠も独力で収集する必要があり、それには、情報公開請求をし、開示された情報を分析、検討する必要があり、そのために相当程度の期間を要すると主張するが、本件においては、前記第二、一、4記載のとおり、被告事業団の発注する下水道関係の電気設備工事に関し、談合の疑惑があるということは、平成六年九月二日の時点から、新聞報道により指摘されていたのであり、また、前記のとおり、市が被告事業団と本件協定を締結し、本件委託工事を被告事業団に委託し、被告事業団に委託費用を支払ったことについては、市議会会議録又は、事務報告書において公表されているのであるから、市の住民としては、それらの情報を端緒として、平成七年七月一三日までに、必要な情報収集を進めておくことは可能な状態にあったというべきである。また、原告らの主張が、住民監査請求をするためには、右に説示したところ以上に、住民監査請求の対象及び違法性について確実な調査が必要であるというものであるとすれば、このような見解は、住民監査請求の門戸を狭める解釈であって、採用することができない。

したがって、この点についての原告らの主張は採用することはできない。

(四) 以上によれば、本件監査請求が監査請求期間経過後にされたことについて、法二四二条二項ただし書に規定する「正当な理由」が存するものと認めることはできない。

3  したがって、本件監査請求は、監査請求期間を徒過した不適法なものというべきである。

第四  結論

以上の次第で、原告らの本件各訴えは、適法な監査請求を経ていない不適法な訴えというべきであるから、本案につき検討するまでもなく、却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)

別紙委託下水道施設建設工事目録〈省略〉

別紙被告事業団発注工事目録〈省略〉

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